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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)333号 判決 1967年3月01日

原告 春木正次郎

被告 丸高タクシー株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

原告は、「被告は原告に対し金四〇〇、五一五円及びこれに対する昭和三九年一月一五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二主張

原告は、請求の原因として、次のとおり述べた。

(一)  原告は被告会社に勤務する自動車運転手であるところ昭和三八年一月二二日午後一一時四〇分頃大阪市阿倍野区西田辺二丁目二番地先路上において被告会社の業務として自動車を運転中、訴外商都交通株式会社所属の自動車と衝突し、頭部、胸部、背胸部打撲傷を受け、同月二三日大阪府立病院へ入院し、同年二月一日安慶名医院に転院し、同年五月二〇日厚生会高津病院に転院し、同年一一月一三日大村医院に転院し、昭和三九年四月一二日右医院を退院したが、退院後も右腕に運動障害左肩関節背部に激痛が残り、昭和三九年四月一二日現在なお自宅で往診を受けている状態であつて、療養のため労働することができず、被告より賃金を受けていない。よつて被告は原告に対し、少くとも昭和三八年一月二二日より昭和三九年四月一二日までの四四七日間の休業補償を行なわなければならない。

(二)  ところで、原告の賃金締切日は毎月二〇日で、賃金の額は昭和三七年一〇月二一日から一一月二〇日まで実働日数一〇日で金一五、二七一円、一一月二一日より一二月二〇日まで実働日数一四日で金二四、六四〇円、一二月二一日から翌昭和三八年一月二〇日まで実働日数一七日で金三二、八三九円であつたから、原告の平均賃金は右三箇月分の賃金総額七二、七五〇円を右期間内の実働日数四一日で除した金一、七七四円三九銭である。

(三)  よつて原告は被告に対し、右平均賃金の一〇〇分の六〇に四四七日を乗じた金四七五、八八九円の支払を求める権利を有するが、阿倍野労働基準監督署より休業補償費として、昭和三九年六月二五日金六、三八七円、同年八月七日金六八、九八七円計七五、三七四円の支給を受けているので、右金額を控除した金四〇〇、五一五円及びこれに対する支払命令送達の翌日たる昭和三九年一月一五日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

原告主張(一)の事実中、原告が被告会社に勤務する自動車運転手であること、原告がその主張の日時場所で被告会社の業務執行中その主張のように訴外商都交通株式会社所属の自動車と衝突し、頭部外傷、前胸部打撲傷(但し全治二〇日間の傷害である)を受けたこと、事故直後大阪府立病院へ入院し、原告主張の日安慶名病院へ転院したこと、その後再三他の病院へ転院したこと、原告がその主張の期間稼働せず、被告が賃金を払つていないことは認めるがその余は否認する。

本件の交通事故により原告が蒙つた傷害は全治二〇日間にすぎず、右期間をこえる原告の療養は原告の持病もしくは仮病によるもので、本件業務上傷害と因果関係がない。原告が本件事故直後入院した大阪府立病院の医師は原告の傷害は昭和三八年二月一二日までに全治する旨診断したのであるが、原告はこの病院を嫌い安慶名病院に転院しその後も転院を繰りかえした。この間所轄の阿倍野労働基準監督署は、原告が以前にも数多の病院を転々して約四年間にわたり労災保険金を受けとつていた事例のあることにかんがみ、原告に対し労災病院で健康診断を受けることを求めたが、原告はこれを拒否し、他の病院を転々する等して今日に至つているのであり、原告主張の傷害の程度は虚偽である。

原告主張(二)の事実中、賃金締切日、実働日数、賃金の額等平均賃金算定の基礎たる事実関係は認めるが、平均賃金の額の主張は争う。

原告主張(三)の事実中、原告がその主張のとおり阿倍野労働基準監督署より保険給付を受けたことは認めるが、その余は否認する。

仮に、傷害の程度、療養期間等に関する原告の主張が真実であるとしても、被告は昭和三四年の会社設立以来労働者災害補償保険法第三条第一項(ハ)の事業主として同法による保険に加入し、保険料を怠りなく納付しているから、原告は政府より同法第一二条第一項第二号による保険給付を受け得る筈であり、その補償の範囲も労働基準法第七六条第一項所定のそれと同じであるから、被告は労働基準法第八四条第一項により原告主張の休業補償費の支払の責を免れるものである。

仮にそうでないとしても、原告に対し傷害を負わせたのは訴外商都交通株式会社所属運転手および白タクシー運転手訴外森本義三郎であつたところ、事故の翌々日阿倍野警察署において、被告会社職員が原告の代理人となり示談を行ない、原告に対する休業補償費その他の損害賠償は右商都交通株式会社および森本をして連帯して支払わせる旨約させたが、その頃原告は被告に対し右示談を確認ないし追認すると共に、本件事故に関し被告に補償請求をしない旨特約したから、この特約に反する本訴請求は失当である。

原告は、被告の抗弁に対する答弁として次のとおり述べた。

被告が労働者災害補償保険法による保険に加入していることは認めるが、原告が同法による保険給付を全部受けていないことは前記のとおりであるから、その残余の額については被告は補償の責を免れるものではない。また被告主張のような示談に原告が代理権を与えたことはなく、右示談を確認もしくは追認したこともない。原告と被告との間で、被告主張のような特約をしたことも否認する。

第三証拠<省略>

理由

原告が被告会社に勤務する自動車運転手であること、原告が昭和三八年一月二二日午後一一時四〇分頃大阪市阿倍野区西田辺二丁目二番地先路上で被告会社の業務として自動車を運転中、訴外商都交通株式会社所属の自動車と衝突し、傷害を受けたこと(傷害の部位、程度については暫く措く)、事故直後大阪府立病院へ入院し、その後他の病院へ転院したこと、右事故後昭和三九年四月一二日まで原告が被告会社で稼働せず、賃金の支払を受けていないことは当事者間に争がない。

ところで、右業務執行中の事故による傷害の部位、程度について争があり、被告は二〇日を超える療養の必要を争つているわけであるが、仮に右傷害の部位、程度ないしは病状が原告主張の如くであり、原告がその療養のため四四七日の期間稼働することができず、右期間の休業補償を求め得るとしても(但し、原告主張の平均賃金の計算は誤りである。労働基準法第一二条第一項本文の場合は三箇月間の賃金総額を実働日数で除するのではなく総日数で除するのであるから、右規定による平均賃金は金七九〇円七六銭であるが、弁論の全趣旨によると、原告の場合は同項第一号の適用ある場合であることが認められるから、三箇月間の賃金総額を実働日数で除した金額の一〇〇分の六〇が平均賃金であり、計数上金一、〇六四円六三銭である。従つて休業補償費一日分は右金額に更に一〇〇分の六〇を乗じた金六三八円七七銭である)、被告が労働者災害補償保険法による保険に加入していることは当事者間に争がなく、昭和四〇年法律第一三〇号による改正前の労働基準法第八四条第一項(従前生じた事由に係る休業補償について適用あることは右改正法律附則第二〇条)によれば、「補償を受けるべき者が、同一の事由について、労働者災害補償保険法によつてこの法律の災害補償に相当する保険給付を受けるべき場合においては、その価額の限度において、使用者は、補償の責を免れる」のであつて、右にいわゆる保険給付を受けるべき場合とは、保険給付を現実に受けた場合を指すのではなく、所定の事由が発生して保険給付を受け得る場合を指すものと解するを相当とし、労働基準法第七六条第一項に定める休業補償の範囲は、昭和四〇年法律第一三〇号による改正前の労働者災害補償保険法第一二条第一項第二号(従前生じた事由にかかる休業補償で未支給のものに適用あることは右改正法律附則第五条)に定める休業補償の範囲と休業七日以内で負傷又は疾病の治つた場合を除き同一であるから、被告は本件休業補償の責を免れるものと謂わなければならない。もつとも、保険加入者が不実の告知をしたり、故意又は過失で保険料を滞納したり、故意又は重大な過失で事故を発生させたときは、政府は保険給付の全部又は一部を支給しないことができることは右法律による改正前の労働者災害補償保険法第一七条ないし第一九条(これらの支給制限の制度は右改正法律により廃止されたが、従前生じた事故に係る保険給付について適用あることは右改正法律附則第八条第一項)に規定するところで、右のような場合には使用者の免責が「その価額の限度」とされているところよりみて使用者は補償の責を免れないものと解すべきであるところ、原告が阿倍野労働基準監督署より休業補償費として計金七五、三七四円の支給を受けたことは当事者間に争がなく、証人松岡橿康の証言および弁論の全趣旨によれば、原告の請求にもかかわらず同監督署はその余の給付をせず、かえつて同署々長は原告に対し不支給の決定をしたことが認められるが、成立に争のない甲第一号証、証人松岡橿康同渡辺正男の各証言および原告本人尋問の結果を綜合すると、本件では右に掲げたような支給制限事由は存在せず、右監督署長が右のような決定をしたのは、本件の業務上事故により原告が右支給額に相当する期間(計算上一一八日と認められる)を超える療養を必要とする負傷又は疾病を蒙つたかどうか明らかでないと判断したことによるものであることが認められ、右認定に反する証拠はないから、被告としてはなお本件の休業補償の責を免れると謂うべきである(原告としては右行政庁の処分について行政上の救済を求むべく、右救済が得られなかつた場合は相当行政庁を相手方として司法上の救済を求むべきである)。

そうだとすると、本件請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 今中道信)

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